発表だらけの9月

20日の文献紹介,23日のポスター発表,26日の勉強会,29日のレビューを何とか乗り切った。
思い返してみれば,この一ヶ月で三度だけ,逃散しようかと考えた瞬間があった。まず自分の名前が詰まりに詰まったセミナーの予定表を見たとき。つぎに19日だった勉強会が一週間遅れて26日になり,レビューのためだけに割ける時間がたった3日間になってしまったとき。最後に29日の朝7時頃,携帯のアラームで仮眠から目覚めたとき。この三度目がホントにキツかった。マラソン大会でやっと学校に戻ってきたのにまだトラック一周あるのかよ,みたいなそういう絶望感。
せっかく激動の9月を生き抜けたことだし,今月の後半にやったことを書いておこう。

文献紹介

選んだ文献はこれ。
Development of hippocampal mossy fiber synaptic outputs by new neurons in the adult brain
選んだ時点ではAOPで,発表の4日前に掲載されたもの。その直前にGageとSchinderのところから出たNN論文と同じく,adult neurogenesisにおける新生顆粒細胞の軸索投射とシナプス形成を時系列的に観察したもの。最初はこちらを選ぼうかと思っていたのだけれど,去年のSfNで既にしっかり発表されていた内容だと先生に教えてもらったので,なかなか手が伸びなかったのだ。そうこうしているうちにこのPNAS論文が出てきたので,DISC1が盛り込まれている点で新規だったこちらに決めた。ただNNの方はChR2で機能的結合まで確認しているので,純粋なadult neurogenesisの記述という点ではこちらに軍配を上げたくなる。
内容は至って平易で,予想されていたとおりの結果を確認した,という印象。DISC1のノックダウンによる発達異常も,前報のCell論文と一応の一致を見ている。ただ,胎児・乳幼児期と成体期においてDISC1の阻害が全く逆の表現型を示すという点では,相変わらずcontroversialな感じ。Mossy fiber projectionの話題だったのでそれなりに食いつきが良いかと予想していたけれど,論文自体が分かりやすかったせいか,そこまで盛り上がりはなかった。

ポスター発表

デビュー戦。学生よりもむしろ助教以上のスタッフの方々がたくさん話を聞きに来てくださった。いろいろと有意義な意見をいただけたので,今後の参考にしたい。
それにしてもあのシンポジウム,年々進歩してる気がする。シンポだけに。うん,やっぱり東大って凄いんだと再確認した。ポスターのレベルなんか,正直Neuroより遙かに高いと思う。特に底の高さ。見る価値のない研究がほとんどないって凄いことだよな。個人的には今年の1月にNCB論文を出した人から是非お話を伺いたかったんだけど,あいにくその人がポスターを貼りっぱなしでコアタイムにも姿を見せなかったので,接触できなかったのが残念だった。

勉強会

5人で回しているThe Dentate Gyrusの輪読会が2周目に入り,トップバッターだった自分が第6回を担当した。
Mossy fiber synaptic transmission: communication from the dentate gyrus to area CA3
タイトルのとおり,苔状線維のシナプス伝達について。ここまでは解剖学的な概説が多かったけれど,この章で一気に電気生理学的なネタが増えた。まぁその辺は教科書レベルの勉強でカバーできる。
ただ困ったことがあった。このレビューが書かれてから現時点までの約2年間で,この話題に関して大きな発見が2つあったのだけれど,それが(当然ながら)全然フォローされてないのだ。それはつまり,MF-CA3経路におけるGABAの放出が否定されたことと,NMDAR依存的なシナプス可塑性が確認されたことだ。
前者はst. lucidumをMFと併走するbipolar interneuronの存在で一気に片付いてしまった,言ってみればお粗末な話。ただこの分野の大御所も含めて多数の研究者がそう信じていたのだから,難しい話ではある。後者はMF-CA3のLTPがNMDAR independentで,しかもpresynaptic modurationだよと言われていたところに,やっぱり一般的なNMDAR dependent postsynaptic LTPもあるんだよという報告が出てきた話。良くも悪くもGCあるいはMFというのは特殊な存在で,その特殊さにどこまで着目し,またどこまで引きずられるかというのは,非常に重要な問題だと思う。
そしてもう一つ。このレビューの筆者はあまりやる気がなかったらしい。というのも,本文の大部分が引用論文のabstract(本文じゃなくて,だよ!)のコピペなのだ。文章ごとに文体が違っていて何だか読みにくいなとは思っていたのだけれど,片っ端から参照元に目を通していくうちに気付いてしまった。こっちはこの勉強会のためだけに100本以上チェックしてるんだよ,そりゃ気付くよ。てゆーか元ネタをコピペって大学生のレポートかよ。

レビュー

勉強会が終わったあともしばらくテーマが決まらず,悩みに悩んだ。MF-CA3か,DISC1か。直前まで第一候補だったmossy fiber sproutingは明確な筋道が立たず,ほとんど断念していた。准教授に相談したら,「電気生理はやったことない人がやっちゃいけないよ」的なお言葉をいただいたので,DISC1に決めた。
DISC1だけではつまらないので,というか深みが足りないので,直前に宮川先生のところから出たα-CaMKIIヘテロ欠損マウスの仕事を追加して,「神経細胞成熟と精神疾患」といういささか大それたタイトルをつけた。全体の流れとしては,DISC1の発見,その発現の時空間的変化,細胞内局在,細胞内輸送と細胞移動における機能,変異または欠損が個体の行動に与える影響というところまでDISC1を掘り下げて,他の統合失調症関連遺伝子について神経細胞成熟との関係を確認したあとに,統合失調症のエンドフェノタイプとして海馬歯状回の成熟不全がどの程度説得力を持つのか検討する,というもの。
締切に追われて一気に書き上げた結論はこんな感じ。

統合失調症関連遺伝子としてDISC1が発見されてから,その性状について多様な研究がなされてきた。しかし,その発現が海馬で顕著なこと,またその機能を欠損することによる影響が主に海馬でのみ観察されるという事実は,統合失調症治療の薬理学的特徴と齟齬を生み,多くの研究者を悩ませてきた。そのような状況において,統合失調症のエンドフェノタイプとして海馬歯状回の成熟不全を提案した最新の報告は,DISC1と統合失調症を新たな視点で結びつけるものであり,原因や病態生理の解明,新規治療の開発を進めるうえで大きな示唆を与えると考えられる。一方で,DISC1の機能そのものについてはまだ未解明な部分も多く,なかでも発達期と成体期で全く逆の機能を示しうる点については,今後の研究が待たれる。
そもそもDISC1が発見されたスコットランドの家系に立ち返ってみると,彼らは統合失調症だけではなく,うつ病気分障害など他の精神疾患に罹患していた場合も多い。今回のレビューでも取り上げたように,DISC1の点突然変異マウスに関する報告,またDISC1とPDE4Bの相互作用に関する報告は,従来は全く別の疾患だと考えられていた統合失調症うつ病が統合される可能性を示したという点において非常に重要である。現状のように主観的な説明と客観的な診断に依拠するのではなく,たとえば神経細胞成熟といった生物学的特徴にその根拠の一部を求めるならば,多くの精神疾患が再分類される可能性があるだろう。

10分くらいで書いたわりには,現時点での自分の問題意識がテーマに沿った形でそれなりに反映されていると思う。
思い返せば,初めて参加した学会で,初めて聴いた発表が,この宮川先生だった。徳島が世界に誇る某製薬会社のランチョンセミナーだったんだけどね。研究室の先輩と弁当をつつきながら,DISC1なんてものがあるのか,なんて思ったもんだ。自分がDISC1に固執する理由(しているとして)があるとすれば,半分くらいはこのランチョンセミナーなのかもしれない。もちろんもう半分は,かつて自分がtypical/atypical antipsychoticにどっぷり浸かっていたからだろう。こう書いて今思い出したんだけど,昨日の11時から診察予約入れてたんだった。今の主治医とやりとりできるのはこれが最後だったのに…閑話休題
それにしても,このレビューはホントに疲れた。cell biologyはもちろん,behavioral neuroscienceくらいまでなら何とかなるんだけど,molecular geneticsからpsycologyまで,今までほとんど専門論文に触れたことがない分野で議論の裏を取る作業がたくさんあったからだ。Fig.だけ見ても何が何だかさっぱり分からなくて,教科書レベルで勉強し直したりね。まぁそれがレビューの醍醐味であり,また一番大切なことなんだろう。
今月読んだ論文を整理したら,300本を超えていた。そりゃ毎日のように医図書に通い詰めて,そのたびに何十報も印刷してたんだから,そのくらいの数字にはなるだろう。願わくばこいつらが自分の血肉となりますように。
というわけで,ぼくは生きています。10月は日曜日くらい休める生活になりそうです。どうしよう,自分の時間がある!