薬で脳を強くする?

http://wiredvision.jp/news/200805/2008051922.html
http://wiredvision.jp/news/200805/2008052022.html
NatureのCommentaryに端を発したこの話題だが,かなり広がっているようだ。
「これらの薬物をこのような目的で常用したいか」と問われれば,答えはノー。「場合によっては使用したいか」と問われれば…言葉に詰まるが,基本的にはノーだろうか。倫理や信条を第一の理由に挙げるつもりはない。もっとプラグマティックな観点から,決して避けられない問題があると考えるからだ。
これらの行為は,自分が享受できる医療リソースの選択肢を狭めてしまうのだ。端的に云えば,薬物間相互作用の問題だ。最近は「飲み合わせ」という表現によって,この概念もかなり一般層に浸透してきたのではないかと思うのだが,医薬品には同時に飲むと作用が強くなってしまう組合せ,逆に弱くなってしまう組合せが無数に存在する*1
例えば,これらの薬物を常用した状態で風邪を引いたとしよう。あれやこれやの手段で手に入れた薬物を正直に自己申告できるなら話は別だが,当然そのような薬物は体内に存在しないことを前提とした処方箋が出されるだろう。それらを併用した場合,相互作用によって作用が減弱または増大してしまう可能性,副作用が発現してしまう可能性,どれも十分に考えられる。
その期間だけ断薬してしまえば良いじゃないか,という意見もあるだろうが,そう簡単にはいかない。これはあまり認知されていないように思うが,服薬を中止するリスクは,場合によっては服薬を開始するリスクと同程度か,それ以上になってしまうこともあるのだ。この記事で挙げられているような薬物でもそうなのだが,ある薬物を長期間服用していると,それが存在する状態に合わせて身体の機能がチューニングされてしまうことがあるのだ。ある薬物を処理するために,その薬物を担当する代謝酵素が誘導されている状態で,突然断薬してしまうとどうなるか。当然身体の機能はバランスを失ってしまう。これが身体依存と呼ばれる現象だ。断薬したところで,そのつらさに苦しめられるだけだろう。
これだけならまだしも,ある日意識を失って救急搬送されたとしたら?何が治療の障害になるか,的確に予想するのは非常に難しいだろう。
…とまぁ,ここまで少しばかり説明口調でいくつかの状況を天秤にかけてみたけれど,一連の記事を読む限りでは,そういうリスク&ベネフィットを少しは考慮しているのかなと思わせる人もいれば,それ以前の問題だろうというような,まさに「生兵法は怪我のもと」を体現している人たちも少なくない。

「私は毎朝、トリプル・エスプレッソと、その効き目を活性化させるために、Provigil(モダフィニル)を半錠と、イチョウ葉エキスを3カプセル飲む」と、あるワイヤレスISP事業の経営者は報告している。

この人は典型例。カフェインにモダフィニルにイチョウ葉エキスって,肝臓をどうにかしたいとしか思えないね。何が阻害されて何が誘導されているのか,分かったもんじゃない。こんな状態じゃ,何かの病気になったとして,マトモな処方箋になんてありつけるわけないよね。そもそもこの人は主にカフェインの薬理作用が欲しいのか,意図的に服用するタイミングを全て朝にしているのか,薬物動態学的・薬力学的にどこまで考えているのか,全く分からない。
最後は放言ばかりになってしまったけれど,これは非常にデリケートな問題だと思うし,自分の専門分野に近い話題なので,しっかり考えてみたい。先月末のPNAS論文とかこれとかこれあたりと合わせて何か書こうと思っていたけれど,疲れたのでここまで。

*1:そのような組合せをフィルタリングするのが薬剤師の大きな責務の一つだ