ヘパリン汚染

国内でも検出されたようだ。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080423-OYT8T00330.htm
今回の発表を反映しているのかどうか不明だけど,FDAの地図でも日本が赤く塗りつぶされている。
http://www.fda.gov/bbs/topics/news/heparin/heparinmaps.html
このヘパリン汚染,日本ではあまり報道されていないような気がするのだが,アメリカでは副作用による死者が81人も出ていて,疑わしい死亡例も含めると100人を超える可能性すらあるという大問題になっているようだ。ちょうどこの問題が出てきた時期の日本は中国製ギョーザが人気者だったからな…。
汚染物質として特定されているのは,過硫酸化コンドロイチン硫酸。これはヘパリンと同じくグルコサミノグリカンの一種だ。「自然界に存在しない不純物が…」という報道をよく見かけるのだが,誤解を招かないように書いておくと,ある種の過硫酸化コンドロイチン硫酸は自然界にも存在する。そもそもコンドロイチン硫酸はアミノ糖とウロン酸の組合せ,硫酸化された部位によって5種類に分類されており,そのうちの3種類は二糖につき2部位が硫酸化された過硫酸化型になっている。したがって今回の「過硫酸化コンドロイチン硫酸」は,残りの2種類,つまりコンドロイチン硫酸AまたはCの過硫酸化型を指しているのだろう。これら2種類は,軟骨に多く存在するらしい。
先週にはFDA局長が,汚染は「経済的な理由による意図的なもの」だろうと証言しているようだ。純正品を安価な代替物でカサ増しすることで利ざやを抜こうとしたのではないか,という記事の指摘ももっともだが,今回の場合はもう一つ大きな理由があると思われる。というのも,中国では2006年から2007年にかけて豚に感染するウイルスが大流行し,相当な規模で豚が処分されているという経緯があるのだ。ヘパリンは豚の小腸などから抽出・精製される生物由来製品なので,その豚の供給が減ればヘパリンの原料も減ることになる。
過硫酸化コンドロイチン硫酸がヘパリンのカサ増しに利用できる理由としては,次のようなものが考えられる。まず,上述のようにコンドロイチン硫酸は軟骨に多く存在するため,少なくとも豚(やその他の動物)がいればヘパリンと同様に(しかもかなり安価に)原料が確保できること。また,それを化学的に過硫酸化することで,ヘパリンのような強い負電荷を持たせることができる*1こと。そして恐らく,得られた過硫酸化物が,一般的な品質検査ではヘパリンと区別が付かない程度に酷似していること。どういう検査が適用されているのかは分からなかったが,この物質にヘパリンのような抗凝固作用はないらしいから,その分だけ製剤の力価は落ちていそうなものだけれど。
可能性がありそうなストーリーとしては,こんな感じだろうか。軟骨由来の過硫酸化コンドロイチン硫酸によるカサ増しは小規模ながら恒常的に行われていた。そこにウイルスが蔓延して豚の供給が減ったため,不純物の比率を増やさなければ利ざやが抜けなくなった。そこで一部の下請け業者がたっぷり不純物を混ぜ込んだため,海の向こうで大規模な薬害が発生した。…どうだろう?過硫酸化コンドロイチン硫酸そのものと今回の副作用に因果関係があるのかどうかはまだ不明のようだが,現時点で犯人はコイツだと考えてよいのではないか。
今回の事件は,医薬品の製造過程が複雑にグローバル化しつつある,あるいは既にしていることを如実に示している。ヘパリンはジェネリックがたくさん出ていて,しかも大量生産がモノをいう医薬品だから,そういう利益薄の製品にはどの会社もコストをかけたくない。だから真っ先に海外に出て行く。そして中国は世界最大のヘパリン生産国になった。製薬産業は品質管理のハードルが最も高い分野の一つだから,ソフトウェア開発なんかのノリでオフショア・アウトソーシングするのは難しいんだろうな。

*1:ヘパリンはグルコサミノグリカンの中でも硫酸化による負電荷を強く帯びている